きっかけは震災後のコンビニが
砂漠の中のオアシスのような存在だったこと、
そしてダンテの『神曲』から
―――マーク・シリング
生と死の世界が地続きであるという
神話の世界観を織り交ぜています

―――三木聡
――『コンビニエンス・ストーリー』は、マーク・シリングさんから始まった企画なんですよね? マーク:7年くらい前に短編小説を書いて、これは映画になるのではないかと思い、それから二年間くらいは別の人に作って貰らおうとしたんです。でもうまくいかず、三木監督の映画が大好きなので、監督にメールをしてみたのが5年くらい前のことですね。

三木:「プロットを書いたので、映画になるかどうか相談したい」みたいなメールでした。読ませてもらって、細かいことは覚えてないんですけど、やりようはあると思った……というと上からの物言いで申し訳ないですけど(笑)。でも僕の映画になる可能性があると感じたことは間違いないです。

――最初はどんなプロットだったんでしょうか? 三木:一番の原型は、山奥のコンビニという設定でした。主人公の加藤は、まだ脚本家ではなくて、不思議なコンビニに迷い込んで、賞味期限切れになるみたいな。ほかの商品に混じって人間も賞味期限があと数日で切れちゃうみたいな話で面白そうだったんです。狐の亡霊みたいなのに追いかけられるとか、温泉に行くとかは最初のプロットからありました。

マーク:もともとのきっかけは東日本大震災なんです。東京が混乱状態になって、あちこちのスーパーの棚が空っぽになった。近所のコンビニのオーナーに牛乳やパンをどうすればいいのかと聞いたら「朝の5時に届くから、早い時間に来てもらえれば買えます」と教えてくれたんです。僕にとって、そのコンビニが砂漠の中のオアシスみたいな存在になって、世の中がコンビニ一軒になってしまえば、その中だけで生活できる。そんなアイデアから始まっています。

もうひとつはダンテの『神曲』。天国と地獄と煉獄があって、この世は煉獄である。加藤は恋とか成功は得られますが、そのために命がけにならないといけない。そこは天国でも地獄でもない、というイメージはありました。 ――この映画には日本の幻想文学や、シュールなブラックコメディなど様々な要素があると思うんですが、三木監督が特に影響を受けたものはありますか?

三木:ひとつはレイモンド・カーヴァーの小説で、彼のナンセンスさには影響を受けてます。あと『サンセット大通り』や『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のような50年代、60年代のノワール映画を続けて観ていた時期があって、そのニュアンスをデヴィッド・リンチがやると『マルホランド・ドライブ』、アルトマンだと『ロング・グッドバイ』になる。自分だったらどうなるのかなという気持ちはありました。

日本の幻想文学という意味では、「熱海の捜査官」という連ドラは、日本の神話をモチーフにして異界に捜査にやってくる主人公という設定で作りました。この映画でも、死の世界と生きている世界が地続きであるという神話の世界観を織り交ぜています。ヒラサカという名前が出てくるのも、死と生の境目と言われる“黄泉比良坂”から取りました。

また、ギリシャ神話のケルベロスとハデスの関係などは、日本の神話とも類似性があります。地底の国から地上に出てくるみたいな、生と死の世界が地続きになっていて、天国が上にあるわけじゃない。死後の世界は、日常の先のどこかにあるという考え方ですよね。神話の要素みたいなものは、僕なりに織り交ぜながら脚本を仕上げました。

――三木監督の作品は、含意や隠喩みたいなものもすべてナンセンスに集約されるのか、観客が解釈してメッセージを見出すべきなのかが判別できない部分がありませんか? 三木:そういうメッセージ性を観客に強いる監督や作品がいいかどうかは別の話として、僕は「結論がないがゆえにバカバカしい」みたいなことをコメディの根本として捉えている部分があります。意味が崩壊したり、意味があると思っていたものに実は意味なんてないと気づかされた時、笑うか笑わないかはそれぞれでしょうけど、そのナンセンスな瞬間を僕は面白いと思ってやっている。

今回の映画でいえば、悲劇でもあるし、悲劇自体がバカバカしい客観性を持ち得るというのもある。そいう感覚をまた別の形にすることができて、やっている側としては面白かったんですが、マークさんはどうだったんですかね?(笑)

マーク:もちろん、ある程度自分のストーリーは残して欲しいというのは自然な気持ちですけど、最終的には三木監督の映画ですからおまかせしていました。以前インタビューした時に「原作者とよく喧嘩する」って仰っていましたよね。「原作を自分なりにアレンジするから、原作者は満足しないかも知れないけれどしょうがない」って。

三木:それはもう、諦めていたってことですね(笑)。

マーク:さあ、どうでしょうか?(笑) でも主人公の2人、加藤と惠子の関係が僕の希望通りになっていて嬉しかったです。撮影現場に行って前田敦子さんには「こんな変な話でごめんなさい」って謝ったんですが、「変な話は大好きです」って言ってくれました。本当に成田凌さんと前田敦子さんの演技が素晴らしかったですね。

三木:劇中に「コンビニの中にいると全部が成立しちゃうんで、そこから出られなくなる」というセリフがありますが、おそらくマークさんのイメージの根本的にあった、限定されたコンビニという空間の不思議さなり、パラダイス感なりは結果的に映画にも残っていると思っています。それをオアシスと取るか、怖いと取るかは人によって変わるでしょうが、コンビニが日本独特の社会の縮図であるという意識はしていましたね。

マーク:はい。完成した状態で観るのを楽しみにしています!

(2022年6月4日/聞き手:村山章)